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ドーバーチャレンジを終えて《りょう》

きっこの「ドーバーへの道のり」でドーバーブログ完結!と思ってたんだけど、きっこに「りょうの感想がないよ」って言われました。
そうだね、旦那としてすぐ横で感じたこと思ったことを書きとめておかないとね。ちょっと長くなるけど。。。


今回のドーバーチャレンジについて、はっきりと具体的に「やる!」って決めたのは2006年10月頃だったとおもう。
リレーで往復に挑戦し成功したのは2001年7月。それ以後もなんとなく「いつかは単独で挑戦したい」っていう話は出ていた。
でもそのころは子育てで忙しかったりでなんとなく「いつかはやるんだよなー」って感じだった。
リレーの時は咲芽依も小さくて留守番が大変だったって思いもあったし俺が「子供が大きくなってから」って何度も言うもんだから、きっこもあまりその夢について語らなかったのもあるのかな。
俺としてはソロチャレンジの時は絶対にサポートとして同行したいってえ気持ちが大きかった。咲が大学一年、芽依が高校一年になったら芽依の受験も終わって咲芽依に留守番頼めるかな?って気持ちだった。

そんなこんなであまりドーバーの話をしなくなってしばらく経った2006年のこと。長女咲が中学一年生、次女芽依が小学校六年生の時の話。
咲の中学校からきっこに講演会の依頼がきた。ドーバー海峡リレー横断の時のことを中学生に話してほしいってことだった。
大勢の人前で話したりとかあまり経験のないきっこがこの話を承諾したのは咲がいろいろとお世話になっているって事からだったのだと思う。できるだけ俺も力になりたいと自然に思った。
きっこの体験談を中心に、中学生にもわかりやすくドーバーの位置とか気候、なぜドーバー海峡を泳ぐのか、ドーバー海峡がどんなに過酷なのか、と言った事を調べてパワーポイントでスライドにまとめた。そして最後に中学生へのメッセージということで「夢」についてきっこの考えをまとめた。
「夢を持とう!そしてその夢を皆に話そう!夢を実現するために目標を立てて一歩づつ夢に向かって進もう!!」
このスライドを作り原稿をまとめていた時、この講演の対象の中学生より先に俺がこのきっこの考えに感銘を受けた。俺も夢を持たなきゃ!そして次に思ったこと、きっこのこと。
「きっこの夢は??きっこはドーバーを単独横断やりたいんだよな・・・リレーで成功してから5年、子供が大きくなってからって言ってたけど早くやりたいんだろうな・・・」
俺から言い出したのか、きっこからだったか忘れちゃったけど、「きっこの夢をここで言わないと説得力ないよね?」って話になった。
「3年後にソロでチャレンジします!って言っちゃおうか?」ってきっこが言った。
俺はなにも悩んだりしなかった。当然それがきっこの夢だろうって知ってたし、ドーバーに挑戦することがどんなに過酷なのかってことも今回の資料作りの中でずいぶんわかった。だからこそ5年後6年後じゃなくて早いうちがいいんだってことも十分理解してた。
だから俺がサポートで行けないとしても一刻も早くやったほうがいいんだって思ったし。
だから自然に「うん、そうだね!いいんじゃない!」って言葉になった。
俺のこの言葉にきっこは逆にビックリしたのかな?何度も「いいの?いいの?」って。
やりたいって思ったってドーバーのソロなんて誰でもできる事じゃない。でもきっこならできるじゃん。行動に起こさないで夢を諦めるなんて勿体無い。思いっきりやってみな。そんなことを言ったと思う。

もう原稿そっちのけ。いつやる?誰の船?サポーターは??
せっかくやるんだから万全を期しておきたい。船の予約や体つくりがあるから1年後は無理。船が予約できれば2年でいける!じゃあ2008年だ!

そして講演会は大成功。
『私は夢に向かって進み、その目標のひとつのリレーを終えました。皆さんも夢をもち、目標を立てましょう。そして誰かにその目標を話しちゃいましょう。私も次の目標に向かっています。それはドーバーを一人で泳ぐことです。2年後の2008年に私はチャレンジします!』
これは説得力あった。後日全校生徒から頂いた感想文はとても嬉しかったです。

さあ言っちゃったよ。がんばろうぜ!そんな気持ち。
リレーの時は「しょうがないなー」っていう気持ちが正直あった。
でも今回は本当に心から成功してほしいって思えた。だからできる限りの準備をしたい。俺にできる事はなにかないかな??
きっこが俺を信頼してくれるから自然に俺もきっこの為に頑張れる。

まずはパイロットの予約。
日本では評判ナンバーワンのCSAのブリッケル氏にメール。しかし返事がない。
もうひとりやっぱり評判のよいキングさんにもメール。
『私の妻が2008年に英国海峡単独横断に挑戦したいのであなたのエスコートを希望します。彼女は2001年にリレーで2wayに成功しています。子供も居て何度も挑戦はできません。成功しても失敗しても最初で最後の挑戦です。だから最高の条件で泳がせてあげたいのです。是非とも力を貸してください。』
こんな感じでメールを書いた。
それでも返事はなかった。
その後も何通か二人にメールしたけど返事はなかった。
最後にメールを出してから一週間ぐらい経って、やきもきしたのでもう直接電話した。
最初はイギリスの昼の時間にブリッケルの家に電話した。そしたら外出してるって。夕方帰ってくるから電話しましょうか?って言われたけど国際電話だったしまたこちらからかけますって伝えた。日本時間では夜9時ぐらいの話。
日本時間で午前2時過ぎまでまって再びブリッケルに電話。イギリスは夕方6時ぐらい。
ブリッケル氏は帰宅してて話することができた。電話での英会話は久しぶり。伝えたい要点はあらかじめメモしておいて言い忘れがないように注意した。
まあ要点は
・2008年にソロチャレンジしたい
・第一希望は7月後半の潮
の二点なんだけどね。
二年前だからいくら人気のブリッケルでもファーストが取れないとは思ってなかったんだけど、ブリッケルの回答は「2008年7月の2番目の潮はもうサードまで予約入っちゃってるんだ。」
まじまじ!!
「じゃあ8月の最初の潮と二番目の潮は?」
「ごめん、セカンドとサードまで予約入ってるんだ。。」
「ありがとう。検討してまた電話します。」

きっこと相談した。潮は7月二番目じゃなくてもいいけどやっぱりサードはいやだなぁ。。じゃあキングさんに聞いてみよう!
そしてキングさんに電話。ところが外出中でいないとのこと。携帯の番号を教えてもらったんで携帯にかけてみるけどそっちもでなかった。
ブリッケルさんに電話して「ブリッケルさんにお願いしたかったけどやっぱりファーストで泳ぎたいから他のパイロットにあたってみます。」

翌日イギリスの昼間にキングさん携帯に電話。やっぱり出ない。
家に電話したら夕方電話してみてって。
そして夕方家電に電話したらやっとアンディと話ができた!!うれしー!!!

こっちの希望を伝えて予約状況を聞いたら、
「7月後半の潮と8月前半の潮はファーストが埋まってる。8月後半の潮はファーストがあいてる。」って。
どうするどうする??
7月後半を第一希望にしたのはきっこ達がリレーでやった潮と同じだし気候もいい日が多いみたいって考えから。それに8月に入ると全中や関東大会、インターハイやジュニアオリンピックなど子供達の試合が目白押し。スイミングの合宿もあるはず。きっことしては子供の試合を応援サポートするのも自分の大切な役割だし子供達の試合を見たいってえのもあって8月を避けていたってえのも理由。
アンディに「私達は7月後半が第一希望なんだけど、でもファーストの方がいいのかな?あなたの意見を聞かせてください。」
そしたらアンディは「どんな理由があるか知らないけど、でも少しでも成功したいっておもうならファーストを選ぶべきだよ。」
うーんって悩んでたらアンディが「待ってるから決まったらメールしてよ、メールアドレスしってる?」だって。
「メールみてるの??何度もメールしたのにー!!!」
「あ、ぜんぜん見て無い。。ごめん」ってwww
「じゃあ検討して後でメールします。アンディありがとう。」

その後きっこと検討。きっこは子供達の試合のことが気になってるみたい。
「だいじょうぶ、俺がきっこの分まで応援してくるから、きっこは少しでもいい条件でチャレンジしようよ」
というわけで8月後半のファーストを予約することになりました。
この後はメールの返事が早い早いwwww
時差もあるからこっちが夜メールすると朝起きるともう返事が来てるって調子。
その後は本当に頻繁にメールのやりとりをして、いまどんな練習してるだとか、海練習でどうだったとか、"hi ryo," で始まるアンディからのメールが楽しみな毎日でした。

一方きっこの方は講演会で発表してパイロット予約できて、いよいよやるぞって気持ちの高ぶりがこっちまで伝わってきました。
2006年の大晦日にプールで6時間やったときは「早く何かやらないと」ってちょっと焦りみたいなのが感じられたけど、でもその後はきちんと全体のスケジュールにそって、今月の目標はこれ。とか今日の海練習の目的はサポートとの連携の確認。とか一度に欲張らずにきちんとひとつづつテーマを決めてそれをひとつづつクリアしていったのはすごいとおもう。
きっこが早朝から海練習に出かける時は俺が留守番。これがピーク時は月3回ぐらいと一週おきぐらいにあると正直大変だった。
食事の準備に子供の練習の送迎、洗い物。子供の試合が重なれば子供のお弁当やプールへの送迎とかとか。
でも大変だけどきっこは冷たい海泳いで疲れて帰ってくるんだから、帰ってきてぐちゃぐちゃのキッチンみたらかわいそう。体冷え切ってるだろうからすぐお風呂に入りたいだろうな。って。だから洗い物も苦もなくやれたし、お風呂の準備だって言われなくたって自然にやってた。
(酔っ払って寝ちゃって洗い物そのままだったことも何度かあったかな。。ゴメンね)
しかし家事というのは大変な仕事だと思う。これを毎日休みなくやる主婦は本当にすごい!

海練習を重ねる毎、日々の練習を重ねる度にきっこはたくましくなってきた。
体重を増やさなきゃいけないってことから体が大きくなっていくってこともあるけど、それだけじゃなく、内面から自信があふれ出てくる様になってきた。
さっきも書いたけどただ泳ぐだけの練習じゃなくて、一回一回の練習にしっかりとテーマを設けてそれを順番に達成していったからこの自信があるんだと思う。本当にたくましいって思う。

きっこの海練習には一回だけ一緒に行った。本番まであと2ヶ月!っていう2008年6月のこと。三浦の毘沙門。
本当はもっともっと海練習に付き合いたかったんだけど、家のこともあったし結局この一回だけだった。
水温20度ぐらいできっこ曰く「暖かーい」らしいけど、俺もちょっと入って凍え死ぬかと思った。1分ぐらいしか海の中に居られなかったよ。
17度なんてシンジラレナーイ!!

きっこが海練習やると皆集まってくれる。ヒッシーに杏子ちゃん、ホシさん。それとコースケさんケイゴさんその他大勢のパドラーさん達。その他大勢の海仲間達。これってきっこの人望があるからだと思う。明るく常に前向きでクヨクヨしない!そんなところに自然とひかれていくんじゃないかな。
とはいえ皆本当によく海練習に付き合ってくれました。さむーい冬でさえ荒れた海にカヤックを出してくれたり、一緒に泳いでくれたり。本当に感謝しています。ありがとう。

練習はほんとうに順調だった。体重も順調に増えてった。
体重増やすのは付き合ってて楽しかったよ。もうなんにも考えずに食べたいものを食べる。呑みたいだけ呑む!
エンゲル係数むっちゃ高かったよね、あのころ。スーパーに買い物行って片っ端からカートに入れてくのは本当に楽しかったwww
おかげで俺まで見事に肥えちゃったけど。。。

練習も順調、体のコンディションも順調。心配は怪我とか事故。
些細なことでの怪我とか、あと体重増やしちゃってるから捻挫とか気をつけないとね。おっちょこちょいだからw
だから海練習行った時は特に帰りの運転が気になった。家に帰り着くまで心配だったよ。

ドーバーが近づくにつれて本当に楽しかった。一緒に準備するのは本当に楽しい。きっこの夢の手伝いができるのが楽しかった。
ドーバー応援ポロシャツのデザインを考えてる時。応援フラッグにメッセージもらうのに杏子ちゃんと二人できっこに隠れてコソコソしてたこと。
補給用のロープをあれこれ考えてる時。きっこが帰ってきた時にあげるメダルを一人こっそり考えてる時。
このメダルはきっこが出発する直前、北京オリンピックで銅メダルとった松田選手の言葉がヒント。『自分色のメダル』。最高の言葉だと思った。
そうだ!きっこはドーバーソロで泳ぐためにこんなに頑張ってきた。たとえどんな結果に終わろうときっこ色のメダルをあげよう!
きっこが成功するだろうっていうのは確信してた。でも100%じゃなかった。縁起悪いかと思うかもしれないけど、これだけ準備してきたきっこでさえドーバーで海が荒れちゃえば途中で断念せざるを得ないことになるかもしれない。でもたとえそうなったとしてもきっこは全力を出し切って泳ぐだろう。だから、どんな結果になったとしても褒め讃えてあげよう!
きっこもこの松田選手の「自分色のメダル」って言葉は気に入ったみたい。自身のブログにも書いてるし。
自分色のメダルってことでクリスタルで透明なメダルにした。出国直前に思いついたんで納期がギリギリだったけど無事帰国前に出来上がってよかった。これをきっこの首にかけるのが楽しみ~。

最初は本当に一緒にサポートに行きたかった。
見届けたいっていうのももちろんあるけど、一番の理由は心配だったから。
きっこの意思の強さは誰よりも知ってるつもり。だからこそきっこはどんなことがあっても絶対に自分からリタイヤしないだろう。意識なくなるまで泳ぎ続けちゃうと思う。
きっこは「成功しても失敗してもこれが最初で最後のチャレンジ!」って言ってる。あと「失敗する気がしない」って。
確かにきっこの練習量、低水温の海での長時間練習を何度もクリアしてなにもなければ失敗する理由なんて見つからない。俺だって成功するって確信してる。でも海が荒れちゃったら??
俺はもし失敗しちゃったらすぐに1年後でも2年後にでも再チャレンジしてもいいと思ってた。お金がかかるとかまた迷惑かけるとかそんなこと考えないで出来るうちにやってほしいって思ってた。縁起悪いからいままで口にしてなかったけどね。
このきっこの「成功しても失敗しても最後のチャレンジ」っていう気持ちが、自分に「絶対に成功する!」ってしらずしらずのうちにプレッシャーをかけちゃってるんじゃないかと心配だった。そしてその「絶対に成功する!」って気持ちが強すぎて、どんなことがあっても自分の口からリタイヤするとは言わないだろう。そんなきっこをやめさせられるのは俺しかいないって思ってたから。
きっこごめんね、きっこの力を信じてなかったんじゃないんだ。きっこの事を知ってるから心配だったんだ。
だから「がんばってね」ってなかなか言えなかった。頑張りすぎるのが心配だったから。

でもね、ヒッシーや杏子ちゃん、ホシさんコースケさんのサポート隊がいたから安心できたよ。きっこの海練習に何度も一緒に行ってきっこの泳ぎをしっかり見てくれてた仲間が一緒に行ってくれるってことで。彼らならきっこの体調の異変とかにも気がついてくれるだろうって。

それに咲や芽依だって一緒に行きたいはず。なのに我慢してるんだもん、父親の俺が我慢できなくてどうするよ。
行けないって決まってるんだし、もうあとは彼らサポート隊に任せなきゃ。そう思ったらじゃあ日本に居て出来ることを出来る限りやろうって思えた。

いよいよきっこが出発する一週間前。俺ときっこは夏休み。咲はスイミングの合宿。芽依は関東大会。関東大会を二人で応援に行った。
その後芽依をスイミングの合宿場所の長野へおくって子供達とはバイバイ。もうすぐお母さんは出発するっていうのに直前まで試合や合宿だった子供達は寂しかっただろうな。俺だけきっこと二人で温泉行ったりしていよいよ出発だねーと会話してた。

咲と芽依が合宿から帰ってきて俺の夏休みが終わった8月18日にきっこはイギリスに向けて出発した。
ここからチャレンジまでは当日のブログで書いたとおり。連日ワクワクドキドキしてた。
チャレンジ当日は午前中に廃品回収とかあって家のことをする時間がなくて、そのまま昼ごろスタート。結局なにひとつ家事をする暇もなかった。
イギリス時間にあわせた時計がリビングにどーんとかけてあって、日本時間がいま何時なのかわからなくなってたっけ。
子供達は翌日24日は市民水泳大会だっていうのに気になって寝られなくなってたっけ。
ゴールしたって船の上から杏子ちゃんから電話あったときは嬉しくて嬉しくて涙止まらなかった。
本当に嬉しくて嬉しくて、そのシーンをこの目で見てないけど、でもきっこの顔が目に浮かんだ。きっこも泣いてるんだろうなって想像してた。
今すぐおめでとう!って声をかけてあげたいけど、無理だっていうのもわかってたから、クタクタだろうってこともわかっていたから、一日ゆっくり休んで明日はなしが出来たらそれでいいって思った。

翌日朝、寝られなかった子供達が二階から降りてきて「成功した?」「成功したよ」って話したとき、二人とも嬉しそうに、そして目に涙を浮かべて3人でハグして握手して「よかったね、よかったね」って何度も言った。この日のことはきっこはもちろん、俺も咲も芽依も忘れられない日になるだろう。今日のこの日の思い出は一生わすれません。宝物です。咲も芽依も将来きっと自分の子供にもこの日の思い出を話すんだろうな。

市民水泳大会に芽依の応援に行くと(咲は役員)、プールのコーチや会員さんはじめ大勢の方から「おめでとう!」って言われた。結構みんなきっこがゴールするまで特設ブログの前にはりついていたみたい。皆応援してくれてたのね、ありがとうございます。
あんまさんから「おめでとう!本当に良くやったね」って言われてぎゅっと硬く力強く握手した時はまた涙が出てきちゃった。ほんとよくやったよ、きっこちゃん!!

一番の小潮は25日前後だったけど、週間天気予報からちょっと前の23日にチャレンジとなり、それがお見事正解だったみたいで運も味方につけたかな?
とはいえ、あとから見せてもらったビデオで『おっそろしい位あれた海』をみて、あれで天気いい方なの?ってビビった。日本であの波なら完全遊泳禁止だよね。
チャレンジが早めの23日だったので帰国する31日までは長く感じた・・・感じてないかな??
27日からは咲がジュニアオリンピックで泊まりで行ってたので芽依と二人きり。
朝から電車で辰巳まで咲の応援に行って、帰ってきて芽依を練習におくり、俺は買い物に行って夕飯準備して練習終わった芽依を迎えに行って二人で食事。
そんな毎日が30日まで続きました。
忙しい毎日だったので割りとあっというまに帰国の31日になった感じかも。

成田に降り立ったきっことサポートの皆はいい笑顔してた。達成感に満ち溢れていた。
皆と別れ駐車場に向かう途中、カートを押していた俺の腕にきっこが腕を組んできた。そしたらまた涙が出てきちゃったよ。
組んだ腕は芽依に速攻で解かれてたけどwww(人前で俺ときっこがべたべたすることをとっても嫌がる芽依なのです)

きっこはドーバーソロチャレンジという大きな夢を達成した。
この夢を達成した今、いろんなメディアの記者さんから「次の目標はなんですか?」って聞かれているみたい。
でもきっこはいまはまだその夢が具体的に考えることが出来ないんだとおもう。
よくオリンピックとかでメダルとった選手に「次のオリンピックでの目標は?」とか聞く記者がいるけど、あの質問はどうかと思う。
長い間時間をかけてその目標に向かって進んできた人が夢を達成して感慨にさえまだゆっくり浸かっていないのに、「次は金メダルですか?」ってねぇ。。
いろんな人に「次は次は?」って聞かれてるんできっこも「次はなにしよう?」って気分なのかな?

リレーをやり終えてその時抱いた夢「ドーバーソロ」、それが7年という時間をかけてこうして実現することができたんじゃん。
すこしのんびりしようよ。
きっこのことだからそのうちまた自然に夢を見つけてそれに向かって行くんだろうから。

今度どこか遠くに泳ぎにいくのなら俺も一緒に行くからね♪

『愛してるゼ!』

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最高のラブレター・・ありがとう!

心の底から心配してくれて 大きな優しい気持ちで見守って来てくれた事わかってたけど・・
きっと、私がわかってた以上に心労をかけてたんだね・・。ごめんね。。。

亮の一声がなければ、その一歩も踏み出せなかったよ。
泳いだのは私だけど、一緒に夢を追っかけてこられた気がします。

私も亮の夢には、いつでも乗っかるからね♪

いつも・・いつも沢山の愛をありがとう・・・。

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